タイトルのテキスト
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オーダーメイド注文の際のお客様の物語『護り刀』

2013年7月3日水曜日

オーダー作品

t f B! P L




オーダーメイドご注文頂いた、

お客様が書かれた、物語です。

この物語をモチーフに、作品を作らせて頂きました。
文字数の関係で、記事をわけております。

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『護り刀』

「よお、ぼうず。店のじいさんはどうした。とうとう、おっ死んだのかい」

 背中から声をかけられる前に、リュアンには何かが近づいてきているのはわかっていた。服に隠して見えないようにしている、ある部分の肌だけがチリチリと痺れたから。
 こんな感じがするのはたいてい人間以外のナニカが近くにいる時だけで、こちらが気づいていないふりをしていれば、勝手に通り過ぎていってくれる。だからいつものように気にしないようにして、汲んできた桶の水を店の裏手においてあるカメに移す手を止めなかった。それなのに、聞こえたのは人間の、不機嫌そうな男の声!
 まだ半分ほども中身が残った桶を抱えたまま、驚いて振り向こうとして足がもつれた。桶の重さを支えきれなくなった体が、地面に倒れ込みそうになる。

「おおっと、気をつけろよ」

 男が素早い動きで桶をつかんでくれたおかげで派手に転ぶことはなかったが、リュアンは、勢いがついた水を頭から浴びて尻餅をついてしまった。

「悪かったな、驚かせちまって…」

 言いながら、顔をのぞき込まれる。反射的に逃げ出したくなったが、男が近づいたせいか肌の痺れが痛みに変わり、全身に広がって動けない。しかし、ふと気づくと、男は困ったような顔をしていた。

「あー…あのな、俺はじいさんに用があるんだ。どこにいる?まさか、ほんとに死んだなんて言わないでくれよ」
「勝手に、殺すな!」

 戸口から聞きなれたしわがれ声が飛んできて、すぐに、鍛冶屋の主であるガランド老人が姿をあらわした。老人は続けて何か言おうとして口を開いたのだが、二人の様子を見たとたん、男の腕をつかむと家の中に引っ張り込んでしまった。リュアンはそのとき初めて、男の背中にやけに長さのある剣が担がれていたことに気づいた。
 しばらくして体の痺れが抜け、立ち上がれるようになって店に戻ると、赤々と燃える炉を前にして老人と男が話し込んでいる。いつもと炎の色が違っていると思いながら見ているリュアンに男が気づき、老人と何事かを話してから近づいてきたので逃げだそうとしたが、男の動きの方が早く、腕をつかまれて外に連れ出されてしまった。

「すまないが、しばらく俺につきあってくれ。「奥の池」に行きたいんだ」

 何を言われたのか理解するよりも、また男の近くにいるのにあの痺れを感じないことにリュアンが驚いている間に、男はさっさと歩きだしてしまう。
 今日、この村にたどり着いたばかりの旅人のようなのに、村人の間でだけ「奥の池」と呼ばれている森の池に迷いなくたどり着いた男に、リュアンは少し興味がわいてきた。

「今、ガランドじいさんから聞いた。父親が水の精で母親が人間なんだってな…悪かったよ、リュアン。いきなり、あんな目にあわせて」

 自分の生い立ちを知った人間がどんな反応をしてきたかを思い出し、逃げ出した方がいいのかと迷いながら様子をうかがっていると、男は手近な樹にマントをかけてグリグリと肩を回して伸びをした。そして、再び話し出す。

「俺は、ライル。何年かおきにはガランドじいさんの世話になりに来るから、知っておいてくれ。俺がかついでた剣は「宿りもの」でね、「禍」を溜めるから、とっぱらう必要があるんだ。「禍」は引き寄せも弾きもする。人間はよほど敏感でないと影響しないが、おまえさんにはキツかっただろう。すまなかったな。もう、じいさんが焼きにかかってくれてるから、3、4日はかかるかもしれないが、あの家にいても大丈夫なはずだ…分かるか?俺の言ってること」

 リュアンが黙ったままなので心配になったのか、顔をのぞき込まれる。
 原因はあの大きな剣にあり、男の近くにいるだけではあの感覚が起きることはないということだけは分かった。

「…もう、痛くならない?」
「──そう、だと思う。俺も自分じゃ分からないし、いちいち確かめてはいないから、たぶん、な」

 声を聞いたことでホッとしたように、ライルと名乗った男の表情が和らいだ。

「痛かったか…すまなかった。おまけに、せっかく汲んだ水もぶちまけちまって。転んで泥まみれになったから、水浴びついでに洗濯してやるよ。俺も、水を浴びられるなんて久しぶりだからな」

 言いながら着ているものを脱ぎ出す男に、自分はいいからというつもりでリュアンは横に首を振ったが、遠慮は無用とばかりにあっさりとつかまえられ、抵抗するまもなく手際よく服を脱がされてしまった。

「返して!」

 その部分をじっくりと見られなければ気づかれないはずと知ってはいても、背中や腰にある鱗の部分を見られたくなくて、服を取り返そうとしたリュアンの声は悲鳴のようになる。
 ライルはひょい、とリュアンの体を抱えるようにしてその背中を眺め「なんで隠すよ、キレイなのに」と呟いて、パチンと音をさせて腰のあたりの鱗部分を軽く叩いた。そんなことをされたことがなかったリュアンがあっけにとられていると、そのまま抱き上げられて、池に一緒に入っていってしまう。
 水中に入ってしまうと、いつも感じる「見えない鎖がゆるむ」ような自由感に、リュアンはライルのことも忘れて泳ぎ始める。このまま、水に溶けていってしまいたいと思いながら一人で泳ぎまわり、ふと水面に顔を出すと、池の縁でリュアンの服の泥を洗い落としているライルの姿が見えた。

 ライルは、リュアンが今まで知っていた村人たちや旅人と違う。使用人兼細工師として置いてくれている、鍛冶屋のガランド老人とも違う。

 村の外の世界にはこんな「人間」もいるんだ、と不思議な思いで見ているうちに、自分はこの村の中しか知らないで生きていくしかない、これから先もずっと…と、今まで考えもしなかった事実に気づいて、リュアンは自分の身体がまた、見えない鎖に締め付けられるような気がした。
 呼吸さえも上手くできなくなって、苦しさに喘いだその瞬間、布が裂ける音がした。
「やっちまった…」という表情をしたライルの手には、力まかせに絞られてちぎれた自分の服。それを見ていると何かがこみ上げてきて、気がつくと、リュアンは声を上げて笑っていたのだった。


 鍛冶屋に戻ると、リュアンにしかできない急ぎの細工仕事の注文がきていたので、すぐにそれに取りかかることにした。
 一方ライルは、破れた服にマントを羽織って帰ってきたリュアンの姿に、手を出したのかとガランド老人に疑われてしまう。弁明したものの、今までの行いが悪いからだとさんざんに言われ、弁償することを約束させられることになった。
 リュアンはそんな騒ぎも耳に入らないほどに集中して、よどみない動きで金属の表面に流麗な文様を彫り込んでいく。感心したようにその手さばきを見ていたライルは、隣町にちょうど市が立っていると聞いたことを思い出し、服を買ってから明日また来ると約束すると、宿に向かって行った。
 リュアンには二人のやりとりの内容はよく分からなかったものの、老人が自分のことを、仕方なく住まわせているやっかいものとしてではなく、大事にしたいと思ってくれているのだと初めて感じて、また、不思議な気分になっていた。

 その日の午後、リュアンは数少ない自分の持ち物のなかにあった鈍色で棒状の金属(父である水の精からの贈り物だと、亡くなった母から聞いていた)を取り出してみて、これで自分が細工した何かをライルに渡したいと考えて作り始める。
ガランド老人は、友人との約束で出かけて泊まってくることになっていたので、一人で集中して自由に作ることができる時間が持てた。
炉ではまだ長剣が焼かれているが、もともとリュアンに火は扱えないので、かまわなかった。削り、彫り、磨き、夜ふけすぎまでかかって、細かな水流の文様を施しただけの小振りな剣の形を作り上げることができた。
 初めて、自分自身が誰かに贈るために作りたい、と思って作り上げたものではあるが、あんな大きい剣をすでに持っているライルはこれを受け取ってくれるだろうか?と考えながら、鏡のように磨きあげたなめらかな刃の部分に映った自分の顔を見て初めて、リュアンは自分の頬が涙に濡れていることに気づいた。
 炎の中に身を横たえているあの長剣の修繕がすめば、ライルはまた、それを背に旅に出かける。でも、自分は一緒に行くことはできないのだとわかっていた。
 そして…もう二度と会えないのだということも。


 翌日の午後になって、市で服を手に入れたライルが村に戻ってくると、半壊した鍛冶屋の家に人だかりがしていた。自分の長剣が何か思いも寄らぬ事態を引き起こしたかと駆け込むと、燃え続けている炉のそばには、ヘたり込んでいるガランド老人と、布をかけられたリュアンの遺体があった。
 夜明け前、鍛冶屋に強盗が入ったのだ。旅の男が珍しい剣を預けたらしいと聞きつけて集まった流れ者たちで、村人なら誰でも知っている、村の繁栄を約束している「原初の炎」を守る役割を代々受け継ぐ鍛冶屋と、そこに預けられた「もの」に手出しをする者はいない、などということは誰も知らなかった。
 お目当ての長剣はすぐに見つかったものの、特殊な炎で焼かれているので手が出せない。代わりに何か金目のものはないかと辺りを漁っていたとき、作業台で寝てしまっていたリュアンが、手に握りしめていた剣を見つけられて取り合いになった。強盗の一人に切りつけられたリュアンの大量の血が、長剣を焼く炎にかかると爆発が起き、強盗たちは逃げ出したが、リュアンの身体はそのまま火床に倒れ込み、その身を焼かれてしまったのだ。
 切りつけられてもリュアンが手離さなかった剣は、炎に焼かれてはいたが、かろうじて形は留めていた。ガラント老人は、リュアンがこれをライルのために作ると言っていたのだと話し、それをライルに渡した。

 黒く焼け焦げたそれを受け取り、ライルは旅に戻って行った。


 それから数年後、旅の途中のライルは、かつては庭園だったらしい石の廃墟にいた。
 わき水から引かれたのか、欠けた水盤の縁からはまだ時おり、滴が落ちてくる。あまりにも月明かりが美しくて眠りが訪れないので、ライルはリュアンの剣を取り出して、頭上の月明かりにかざしてみた。
 細工師らしく、爪の間まで汚れていたリュアンの手。あの手で、これはどんな形に作り上げられたのだろう。池で泳いだとき、肌に不思議な文様を描いてきらめいた細かい銀鱗のように、美しく光を集めたのだろうか。
 黒々と、月明かりを吸い込んでいるような剣の輪郭が、じわりとぼやけた。ため息を一つついて、目を閉じる。その傍らで、長剣が、鳴った。

(何だ!?)

 人間以外の存在が出現する予兆の印に、一瞬にして、意識が張りつめる。細めた視界のはしに、何かが動いた。

「…」

 なにかの音、としか聞こえなかったのに、自分の名を呼ばれた気がした。気がつくと長剣を持たずに、あの剣だけを握りしめて水盤の前に立っている。
 死んだはずの、あのリュアンと、向かい合って。

「…僕が、分かる?」

 頭のてっぺんから素足の先まで傷一つない目の前のリュアンの姿と、忘れられないでいる、変わり果てていたリュアンの姿の記憶が、ライルを混乱させる。
 自分のせいで起こったあのことすべてを、どう詫びればいいのか、言葉がでてこない。

「ありがとう。持っていてくれて」

 さし出された手にその剣を渡してはじめて、「すまない…」と、軋るような声が出た。

「俺のせいで、おまえは」

 言いかけた言葉が、首を横に振って微笑んだリュアンの様子に、途切れる。

「あの炎で焼かれたから、僕はいろいろなものから解き放たれて、自由になれた。だから、会いに来ることもできるようになったんだよ…ありがとう、ライル」

 記憶に残っていたのは、相手の視線を避けて伏せられていた茶色の瞳。光の加減で緑がかって見えた気がしたあの瞳が、今は透き通るブルー・グリーンに輝いて、まっすぐにライルを見つめている。
 身にまとう薄物をも通して、月明かりにきらめく銀鱗が全身を覆う姿は、まごうかたなき、水の精。
 ライルが思わず伸ばした指先でふれた、リュアンのその頬はなめらかに冷たく、そして、確かに存在していた。


 朝の光が顔に当たるのを感じて、ライルは眠りから目覚めた。
 野宿を決めた場所で、いつものように長剣を抱えて眠っていた自分に気づいて、思わず立ち上がる。その拍子に懐から落ちた何かが、足元に、澄んで響く音を立てた。

「…!」

 夢の中でリュアンに渡したと思ったそれは、焼けた黒い固まりにしか見えなかったはずだった。それが今、繊細な細工を施された剣の姿で、朝の光を受けてきらめいている。
 これこそが、リュアンが思いを込めて作ってくれた本来の形なのだと、わかった。

(そうか…また、会えるんだな、リュアン)

 拾い上げた剣を見つめるライルの顔に、ゆっくりと笑みが広がっていった。


 END

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